2011年1月25日火曜日

0470- vol.2 房総百景の後記




今号の「房総百景」には内房の町岩井で生涯を閉じた詩人・百田宗治氏のことを書きました。
そして今日は、その号の発行日であると同時に、偶然にもの彼の誕生日でもありました。

高校の頃の僕にとって、岩井は自転車で40分もかけて行く遠くの隣町で、岩井の長い砂浜の端っこで、親しい友達と語らったり夏場には花火をしたりするのが楽しみでした。

元旦の早朝に僕は取材のためクルマで少し大人になった気分で岩井を訪れました。

彼の詩のひとつに「朝の時間」というのがあり、この詩からは彼が抱いていた、時間や人生に対しての愛情みたいなものを感じられます。どうせ岩井を歩くなら、彼が大事にしていた時間にと思い、はりきって早起きをしてみました。

紙面に書いたように、生前彼の住んでいたという家の前からは岩井の浜が見えるのだけれど、僕は遠くに花火をしている友人と僕が見えた気がしました。

房総百景を書くことによって、僕が今まで知らなかった出来事や、見えていなかった地域の姿に触れることができています。そしてなにより、この舞台は僕の地元であって僕の記憶もそこに積み重なっているのです。

2011年1月23日日曜日

みんなが街を作っている。



風景というのをあえて分けるならば、大雑把に自然的なものと人工的なものとに分けられると思う。
自然環境の営みがつくる、そこにしかない景色に感動を覚えることもあれば、街を歩いて目に入る景色にも、不意に感動を覚えることもある。

写真は何年か前、サンタバーバラに滞在した時に通りがかった映画館の軒先で写したもの。立ち止まって写っているおじさんを見上げると、なかなか作業が上手くいかない様子だった。やっぱり街の風景は無意識に生活する人の姿が重なっているんだと思う。

2011年1月19日水曜日

嬉しいメール

メールの着信音がなった。親しくしている地元のひとつ上の先輩から届いたメールだった。
手袋を取って開いた本文には、「無事に女の子が生まれました!」と書かれていた。しばらくして、送られてきた写メには、小さい布団から小さい手を出し、のんびりと寝ているかわいい横顔が写っていて、生まれでたことに安心しきっているかのように見えた。それからは一日ずっとあたたかくいい気分で過ごすことができた。

それにしても、誕生の知らせは何でこんなにうれしい気分になれるんだろう。この半島にまたひとり、赤ちゃんがふえたと思うと嬉しい。

2011年1月7日金曜日

今年はあらためて



前向きさを大事にしようと持ってまぁす。
それと、笑顔ね。 とにかくよく笑っちゃうこと!

那須からはじまった。



正月は、親友と那須へ。
春のような日差しがあふれる元日の朝、内房で0470の取材をした何時間か後には道端に雪の残る那須塩原の町を歩いた。
泊まった二期倶楽部で、翌日の黒磯ショーゾーで、会社を経営する友と思い出から事業や仕事、生き方など、尽きない話ができた。さらに前に進めそうな一年の幕開けになった。

もうすこしで僕も27歳。27歳は人にとって転機となりやすい歳だと思う。聞いたところによると人間の細胞は27年くらいでほぼ全てがいれ変わるのだとか。きっと、今年はいい年になる。

二期倶楽部はいい宿だった。夏にここで行われている、「山のシューレ」は、素晴らしい。こういうイベントをやるような那須の文化土壌や、オルタナティブな価値観を持つ事業や企業がホントに求められる時代なんだと思う!

2010年12月19日日曜日

松枯れに炭を



幼い頃から、家の前に浮かぶ松の茂る島を見ては、松は枯れるものだと思っていました。
その反面、松の枝ぶりや葉の美しさをずっと感じてきました。

松枯れの対処について調べると、どうやらよく言うところの「松食い虫」だけが理由でないようで、炭などを蒔くことによって土壌を健全に導き、その結果松自身の抗力を引き出すという手法が効果的だそうなのです。

このことを知って以来、松枯れの現場に炭をまきたいと思っていました。

思っていたらこれがまたタイミングが重なるもので、今日実家を訪れると裏手の空き地にかなりの量の木炭がきれいにおいてありました。なんでも先週地区掃除があり区民で燃したものがそのままになっていて、処分に困っていたのだとか。。今日は炭を蒔くぞと思っていたのでそれはそれは驚きました。

その炭を持って弟と島に行き、炭を巻きました。
すぐに効果はきっと出ません、そのまま枯れ続けるかもしれません。
しかし個人的な動機ですが、思い出の原風景は残って欲しいじゃないですか。

今はとっても清清しい気分です。
またやろう!

2010年12月13日月曜日

山頂にて



午前10時過ぎ、車力道ルートを進み晴天のあたたかい鋸山山頂に着いた僕らは、コーヒーをいれて2時間以上話をした。その間、目の前にはゆっくりとトンビが旋回しながら飛んでいた。

一緒に登ったのは、博多出身の友人で彼とは7年近く前に沖縄のドミトリーを訪れた時、一日一緒になったのが縁。

振り返ると、初めて会った時はたくさん話しはしなかったけど、なんだかんだで2年に一度くらいのペースで顔をあわせ「久しぶりの気がしないよな」なんてことを毎回言っている。毎回会う理由は同じではなくて、お互いの興味を持つこと、取り組むことの延長がいつも重なっているのが面白いし嬉しい。

今回僕らが会ったのは、「山登り」の世界だった。彼は山登りを通して様々なインスピレーションを受けることを楽しんでいて、一方僕はいわゆる登山が趣味と言うわけではないけど、身近にある安房の山や自然をボディーワーク的に感じたいと思っている。そんな動機が重なり山頂でのコーヒーとなった。

頂上では鋸山の景色や、仕事、写真や美術、サーフィン、スケートボード、沖縄のこと、街の事など、、色々な話をした。

中でも印象的だったのが、「山は、どういうわけかすれ違う人と挨拶をしたくなるんよ。」
彼の言葉を聞いて、山を下った後の明日からの生活でもそんな心持でいたいと思った。

ありがとう、一緒にまた、房総の山を歩こう。