2011年2月6日日曜日

サッカーと音楽



小学校の頃は本当に朝から晩までサッカーをしていた。
試合も好きだったけど、勝ち負けよりも仲間とパスの呼吸が目配せでバッチリ合うことや、抜けるかどうかを賭けて、ドリブルで相手に向かっていく事に血が騒いでいたのを思い出す。

特に一人抜いて、体制を崩しながら次の相手に向かうときに感じるあの変拍子がなんともたまらなかった。
高校からギターを弾くようになり、音楽でいうところのグルーヴを感じ始めたときにフラッシュバックしたのは、かつてのドリブルで体験した変拍子だった。特にファンクやラテンの曲で本当に感性にヒットするもの聞くと今でもドリブルで抜く相手の背後にゴールが浮かぶことがある。

生前のボブ・マーリーは、サッカーを愛していたという。
きっと彼はボールと仲間が好きだった。それに彼のバンド・ウェイラーズのメンバーのバニーもサッカーを好む。ウェイラーズのタイトでノセるあの素晴らしい演奏は、バンドの中にサッカーの魂が住み着いているからではないかなと思える。

今日はボブの誕生日だ。動画を見ていたら、僕がウェイラーズを好きになった理由のひとつは、サッカーと音楽がつながっていたからなのかなぁなんて思えてきた。

2011年2月4日金曜日

嬉しい便り



今日友人から届いた封筒には、zineの他に、僕ら夫婦とこれから生まれる子供に向けてのメッセージが入っていた。
出来上がったzineを最初に見せたいからと、
わざわざ送ってくれたのだった。
彼とは先月4年ぶりに再会し、山登りをした。
zineには僕らが初めて会った沖縄の風景や、彼の住む幕張の街並み、身近な自然の風景と、短い文が書かれていた。このzineからは、思い出や目の前にあるものを大切にしていこうという姿勢、それから自分勝手で情にあつく、ちょっと人見知りだけれど、優しさのある彼の人柄が伝わってくる。

結びの文に書かれていること、それは誰もができる前向きなこと。
「誰にでも 大切にしたいものがある  僕にはまだ 掌で数えられるくらいしか無いかもしれないけど 地球上に住むすべての生命が その一つ一つを大切にすることが出来れば この世はもっと豊かになる。 そんな気がする。」

今月の26日、彼は横浜のギャラリーFLEXで写真を展示するという。

ありがとう!またたくさん話をしよう!

2011年1月29日土曜日

どこかで春が



フリーペーパー「0470-」の房総百景に、岩井のことを書いて以来僕は、詩人百田宗治を敬愛するようになりました。
これからも彼の世界を見ていたまなざしに惹かれ、彼の残した詩を読み返していくような気がします。
彼の作詞した名曲「どこかで春が」をボッサ風味でどうぞ。

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どこかで「春」が生れてる どこかで水がながれ出す

どこかで雲雀が啼いている どこかで芽の出る音がする

山の三月東風吹いて どこかで「春」がうまれてる
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2011年1月27日木曜日

夕日に見とれ続けている



森では一番の者が、南へ向かって行ったきり帰らないと言う話は多くの森に住むもの達に知られたことになっていた。

この話に一番興味を示したのは、森を囲む草原の王だった。いつもの様に獲物探しのために森のフチを歩いていると、木々の奥から興味深い話が聞こえてきた。「どうやらあいつは延々と光る水、海というのを見に行ったらしい。」

森で一番の者を魅了するそれを、草原の王が放っておく訳には行かなかった。
是非その「海」とやらを見てみようと、彼もまた、静かに歩みを始めた。

彼が進む道はおおよそ正しく、半島の中心あたりを南に進んでいた。
ある日の夕方、彼の右頬を西陽が染めた。木々を掻き分け、陽の指す方へ向かい、彼は岬になっていたその山の突端に出た。

遠くの空から岬の下に視線を落とすと、燃えるように赤い太陽が延々と水平線まで光る絨毯を水面に浮かべていた。「これが、海に違いない。」彼は確信した。

草原の王を迎え入れるかのようなその絨毯に見とれた彼は、此処こそ自分の居場所であると決めた。

2011年1月26日水曜日

寺下界隈



愛知県田原市にある「寺下通り」。何年か前に自転車でこの界隈を巡ったことがあった。

木造の古い民家や看板造りの商店、かつての遊郭らしき風情のある建物などがせせこましく並んでいて、路地全体に独特の時代感を醸し出していた。初めて訪れた土地勘のない僕にとって、そこはまるで時間のねじれた迷路のように感じられた。

日が暮れるごとにはっきり見えていた道端の風景は徐々にイメージの世界に変わっていき、暗さのせいか自転車のスピードは速くなった。街灯がつき始めた頃、小さい分岐の前でブレーキをかけて止まると、僕はあたかもタイムスリップしているような気になった。ここは人を歴史の一部に誘ってしまう界隈だ。

よく「町並みを保存しよう」という合言葉を聞くけれど、この界隈はそういった雰囲気は感じられなかった。理由は色々あると思うけれど、ただただ普通の姿がいつもの通り続いているんだろう。今、あの路地の風景はどうなっているだろう? 前の雰囲気をとどめているだろうか? 僕はそのままであって欲しいと思う。

2011年1月25日火曜日

0470- vol.2 房総百景の後記




今号の「房総百景」には内房の町岩井で生涯を閉じた詩人・百田宗治氏のことを書きました。
そして今日は、その号の発行日であると同時に、偶然にもの彼の誕生日でもありました。

高校の頃の僕にとって、岩井は自転車で40分もかけて行く遠くの隣町で、岩井の長い砂浜の端っこで、親しい友達と語らったり夏場には花火をしたりするのが楽しみでした。

元旦の早朝に僕は取材のためクルマで少し大人になった気分で岩井を訪れました。

彼の詩のひとつに「朝の時間」というのがあり、この詩からは彼が抱いていた、時間や人生に対しての愛情みたいなものを感じられます。どうせ岩井を歩くなら、彼が大事にしていた時間にと思い、はりきって早起きをしてみました。

紙面に書いたように、生前彼の住んでいたという家の前からは岩井の浜が見えるのだけれど、僕は遠くに花火をしている友人と僕が見えた気がしました。

房総百景を書くことによって、僕が今まで知らなかった出来事や、見えていなかった地域の姿に触れることができています。そしてなにより、この舞台は僕の地元であって僕の記憶もそこに積み重なっているのです。

2011年1月23日日曜日

みんなが街を作っている。



風景というのをあえて分けるならば、大雑把に自然的なものと人工的なものとに分けられると思う。
自然環境の営みがつくる、そこにしかない景色に感動を覚えることもあれば、街を歩いて目に入る景色にも、不意に感動を覚えることもある。

写真は何年か前、サンタバーバラに滞在した時に通りがかった映画館の軒先で写したもの。立ち止まって写っているおじさんを見上げると、なかなか作業が上手くいかない様子だった。やっぱり街の風景は無意識に生活する人の姿が重なっているんだと思う。