2011年10月14日金曜日

江比間の大松

明星ライブラリーに向かう途中、再び江比間の旧道にある大きな松を見に行ってきた。
この前はじめて見た時より枝の近くまで顔を近づけたら、大きな腕に小突かれたような錯覚を覚えた。
やっぱり、愛すべき化け物だった。

2011年10月11日火曜日

甘党 トキワ



前を通るたび気になっていた豊橋の「トキワ」に行った。
この街では古くからやっているこの店の味に懐かしさを感じる人も多いという。
僕たちがテーブルでかき氷を食べている間、自転車で散歩の途中に寄っていく親子から、街歩きをしている風の人までいろんな人が次々と暖簾をくぐってきた。あおいTシャツが良く似合うおじさんはお客さんが引いた時は静かに高校野球を見ながら座りなれた椅子にいて、注文がくると実にキビキビと品をこしらえお客さんに手渡した。
かき氷の金時は濃くてやさしい味がした。名物大判焼はこの餡が入っているのかもしれないと思うとやっぱり食べてみたい。大判焼は秋になってからやるというので、また豊橋に行く楽しみが増えた。
お代を払う所の横には手書きで「手作りの甘味を守る」と書いてあった。

2011年9月16日金曜日

寺下通りタイムツアー


豊橋鉄道渥美線、田原駅の裏手には寺が軒を連ねていて、その前の道は「寺下通り」と呼ばれている。
この通りは車の速度よりも歩きの速度のほうが断然おもしろい。
クルマの走る道は別にあるので、今やこの通りは地域の人が使う程度のいわゆる旧道。この通りの魅力はひと昔前の建物の風景と界隈的な情緒にあるけれど、ゆっくり歩いてみると実は風景に歴史が凝縮されていることに気づいた。
通りの入り口には小さな古墳と石仏群をもつ寺がある。古墳の中は覗けるようになっていて、頭を突っ込むと豪族がいた中世にタイムスリップした気になる。頭を抜いて通りに戻ると、かつての城下町の入り口だった坂がある。江戸時代には渡辺崋山が家老をつとめた田原は、城下町としても栄えた土地。そこから少し歩くと松雄芭蕉の句碑のある寺がある。江戸から戻って歩き出すと、路地の隙間から大きな宇宙船のような建物が光っていた。いきなり未来?と驚いたが、よく見ると何かの工場。ついに工業化社会までやってきた。工場の向うからは渥美線の音が聞こえていて、今日の人が動いている。
ほんの100メートルちょっとをゆっくりと歩いているのに、風景として時代が次から次へと立ち上がってくる。
時間の感覚がちょっとねじれる感じが心地よい通り。夕暮れになってきたら、猫があくびしながら長い影を落とす。

2011年9月4日日曜日

夏

夏のはじめにおろしたビーチサンダルは2・3日して鼻緒の部分が赤くなって痛くなる。ビーチサンダルを履く時は休日に外に出る時か、普段クルマに乗るときなのでそうすぐに慣れるわけではない。
ビーチサンダルが足に馴染むまでの間には、ちょっとした焦りがある。
「早く慣れなきゃ夏が終わってしまう。」というやつ。
台風が落ち着いたので、夕涼みに子供を抱えて散歩をした。足元の鼻緒の部分を見ると、痛かったところもすっかりなおっていてビーチサンダルは足に馴染んでいるけれど、一方吹いてくる風はもう夏を越えていそうな涼しさだった。

2011年8月30日火曜日

太海のこと

毎朝車で、清清しい空気の太海の町中を通る。
この町で生まれ育った地元の友人の家に遊びに行ったとき、真夜中に浜でキャンバスを広げている人がいた。こんな暗闇で何を描くのかなと思ったのがとても印象的だった。
つげ義春や安井曾太郎の作品がここをテーマに描かれていることもあるし、もしかしたらフラッと訪れただけの人でさえ「絵でも描いてみるか」なんて思うかもしれない。

車を置いて路地を歩くと、ここには人の心情に訴えかける何かがあると実感する。
この前の早朝、ひとりで太海を散歩した時は、ちょうど台風のうねりが重なって激しい波が打ち寄せていた。友人と遊ぶ時はいつも凪いだ時ばかりだったので、初めての景色のなかに身を置くことになった。力強い波が身近な風景に気を配る隙を与えなかったせいか、前から気になっていた事を強く感じた。とっても感覚的なことだけど、ここには太古からの海に向かって発せられた人の思いが集積しているような気がする。そしてそれは、いたるところから立ちのぼって波しぶきと溶け合い、また土やとんがった岩に沈殿していく。なんかそんな気がする。

2011年8月14日日曜日

朝がやってくる

朝がやってくるような、あるいは朝に突入していくような体感。

それなぁーに。


息を吸っても吐いてもきれいな音を奏でることの出来るハーモニカは、憎めない楽器。このところ子供を抱っこしながら、小さい音で口にくわえたハーモニカを吹く「ハモニカあやし」なるものをよくやるようになった。何日か前もそれをやっていたら、周りをハイハイして遊んでいた友人の子供たちが音を聞くやいなや、ぴたっと止まり、まぁるい目と口をしてこちらを見ていた。うちの子もまた、腕の中でおんなじ様な顔をしていた。
三人の赤ちゃんに同時に見られたのは初めてのことだったので、不思議そうにこちらを見るまなざしにちょっとびっくりしてしまった。