時間のあいた時は、寄生を楽しむチャンス。山や海に入って自分が自然に寄生していることを再認識したり、図書館や食堂に行って、街に寄生したり。
寄生のすすめ。
2013年4月11日木曜日
2013年3月25日月曜日
こどもの宇宙
つい先日の晩、「子どもの宇宙」という本を興味ぶかく読んだ。その本はこんな風にはじまる。
仕事の途中、昼時に四街道の牛どん屋に入ったときのこと。入り口の椅子に子どもを二人連れた30代ほどの父親がいた。子どもをつれて持ち帰りの昼飯を買いに来たらしい。一人は1歳くらいでリュックのようなカバーで背負われていて寝ていた。もうひとりはたぶんその子の姉で、5歳くらいに見えた。僕の座ったカウンターの隣には先客の男性がいて、レジのすぐ近くだった。隣の男性は注文が来る前に手洗いか車に行ったようで席を立った。そのあと彼の牛丼が運ばれてきた。食べ手不在の牛丼は湯気をたてて孤独にカウンターに置かれていた。持ち帰りを待つお姉さんはレジの周りで踊るようにして遊んでいたが、途中からカウンターの牛丼に気が付いたようで、踊りながらその近くまで何度かやってきた。そのたび父親は「だめだめ、それはひとのだよ」といって椅子に戻るように促していた。しかし、彼女はふわふわとカウンターの牛丼の近くを踊りながら、隣の席に座るような座らないような雰囲気で漂って居た。
僕が前の晩に本を読んでいなかったら、父親のところに戻った方がいいと思ったかもしれないが、すこしお姉さんの気持ちを考えてみることができた。2歳になるウチの娘でも、本人は言葉をしゃべれなくても親の言っていることは分かっている風だから、5歳くらいならなおさら経験もあるだろうし分かっているだろうと思う。それでも父親の意見に露骨に逆らうでもなく、牛丼に手を出すでもなく漂っている理由はなんだろうか。
結局その子はカウンターの男性が現れる前に持ち帰りができ、父親に連れて行かれたが、帰りがけは心配そうにカウンターを眺めていた。
たぶん、あの子は勝手に誰かがカウンターの牛丼に手をつけないように、見張ってくれていたのではないか。もしかしたら、知らない人が来て、食べてしまったりとか、となりで食べている僕が勝手に2杯目として手をつけないようにとか。いろんな不測の事態を考えていたかもしれない。
その子の帰りがけにはお礼を言うつもりで、明るく手を振ってみた。
この宇宙のなかに子どもたちがいる。これは誰でも知っている。しかし、ひとりひとりの子どものなかに宇宙があることを、誰もが知っているだろうか。それは無限の広がりと深さをもって存在している。大人たちは、子どもの姿の小ささに惑わされて、ついその広大な宇宙の存在を忘れてしまう。僕はこの本の内容をしっかりと伝えられるほどの者ではないので、そういったことは書かないが、この本を読んだ翌日にそれまでとは違った見方ができたのが嬉しかった。
仕事の途中、昼時に四街道の牛どん屋に入ったときのこと。入り口の椅子に子どもを二人連れた30代ほどの父親がいた。子どもをつれて持ち帰りの昼飯を買いに来たらしい。一人は1歳くらいでリュックのようなカバーで背負われていて寝ていた。もうひとりはたぶんその子の姉で、5歳くらいに見えた。僕の座ったカウンターの隣には先客の男性がいて、レジのすぐ近くだった。隣の男性は注文が来る前に手洗いか車に行ったようで席を立った。そのあと彼の牛丼が運ばれてきた。食べ手不在の牛丼は湯気をたてて孤独にカウンターに置かれていた。持ち帰りを待つお姉さんはレジの周りで踊るようにして遊んでいたが、途中からカウンターの牛丼に気が付いたようで、踊りながらその近くまで何度かやってきた。そのたび父親は「だめだめ、それはひとのだよ」といって椅子に戻るように促していた。しかし、彼女はふわふわとカウンターの牛丼の近くを踊りながら、隣の席に座るような座らないような雰囲気で漂って居た。
僕が前の晩に本を読んでいなかったら、父親のところに戻った方がいいと思ったかもしれないが、すこしお姉さんの気持ちを考えてみることができた。2歳になるウチの娘でも、本人は言葉をしゃべれなくても親の言っていることは分かっている風だから、5歳くらいならなおさら経験もあるだろうし分かっているだろうと思う。それでも父親の意見に露骨に逆らうでもなく、牛丼に手を出すでもなく漂っている理由はなんだろうか。
結局その子はカウンターの男性が現れる前に持ち帰りができ、父親に連れて行かれたが、帰りがけは心配そうにカウンターを眺めていた。
たぶん、あの子は勝手に誰かがカウンターの牛丼に手をつけないように、見張ってくれていたのではないか。もしかしたら、知らない人が来て、食べてしまったりとか、となりで食べている僕が勝手に2杯目として手をつけないようにとか。いろんな不測の事態を考えていたかもしれない。
その子の帰りがけにはお礼を言うつもりで、明るく手を振ってみた。
2013年2月10日日曜日
落語だよ
先日仕事の取引先が突然の閉店をした。諸事情あってのこと。閉店に伴う処理はそこの店長さんがおこなうこととなったという。この店長さんは、僕は特別いい印象を持っていた。いつも腰が低く、お客さんにもイチ取引先の社員である僕にも快い対応をしてくださった。対応のよさなら、心がけでできるかもしれないが、店長さんは少し違った。前に僕が余ってしまったものをおすそ分けして店を後にすると、わざわざお礼のものを走って僕の車までわたしに来てくれた。とても嬉しかった。
本人にとっても廃業はオーナーからの突然の知らせのことであったという。僕が伺ったのはそれから数日後。いつものように扉を開けるとガランドウになった空間で店長さんは1人床の掃除をしていた。
諸事情は、諸事情。事業運営のやりかたや、商圏の変遷色々あるかもしれない。しかし、世の中の経済はこの20年は誰が見てもシュリンクしていて、この先も疑問であるし、個人的範疇で想像するになかなか厳しい見通しになる。店長さんはお子さんがいるという。世間は変わっても、親は子を育て生活を営んでいく。大変感慨深かった。
個人として生きているんだけど、なんかもう少し、つながっている感覚を持ちたいと思った。
こんな時こそ、落語だよ。きっと。
本人にとっても廃業はオーナーからの突然の知らせのことであったという。僕が伺ったのはそれから数日後。いつものように扉を開けるとガランドウになった空間で店長さんは1人床の掃除をしていた。
諸事情は、諸事情。事業運営のやりかたや、商圏の変遷色々あるかもしれない。しかし、世の中の経済はこの20年は誰が見てもシュリンクしていて、この先も疑問であるし、個人的範疇で想像するになかなか厳しい見通しになる。店長さんはお子さんがいるという。世間は変わっても、親は子を育て生活を営んでいく。大変感慨深かった。
個人として生きているんだけど、なんかもう少し、つながっている感覚を持ちたいと思った。
こんな時こそ、落語だよ。きっと。
2013年1月30日水曜日
生活即助走
たとえば、目の前にあるとび箱を飛ぶために、あるいは目の前の砂場をより遠くに飛ぶために、助走をする。これはあらかじめ目の前に何かを設定した時に、開始する助走。
一方で、波乗りの助走はこれとは趣を異にするように感じる。それは、とび箱や砂場とは違って対象そのものがこちらに向ってやってくるからだろう。波にうまく乗るには、パドリングによって瞬間的に自らがその波の速度や斜度に合った状態になる必要がある。その作業が助走にあたるように思う。
前者の助走はこれからの世界、それに対して後者の助走は、これまでの世界が大きな要素を占める。
どちらかと言うと、僕は後者の助走に魅力を感じる性質(タチ)だ。それは、料理でいうところの素材の味を大事にすることや、読書や物事を解釈する上での文脈に気を配ること。地の利を考えること、その土地に重ねられてきた歴史や記憶のようなものの上に未来を作ろうとする姿勢にどこか通じている。
明治時代の児童心理学者・倉橋惣三の「生活を生活で生活へ」という言葉が好きだ。この言葉は、先日0470-の取材で和光保育園に行った際、園長先生が教えてくださった。生活のなかから生まれた問題や出来事を生活の中で解決し、それをまた生活の中に戻し生かして生活そのものをより良くしていくことだと思っている。
それから、武道家の塩田剛三は「歩くこと即武道」と言っていた。
ひょっとしたら、普段の生活そのものが、助走なのではないか。
個人や社会において「これまで」との断絶の無い、より良い未来に向かうにはどうしたらいいのか。
夕方に海岸を歩きながら、ぼんやりそんなことを思った。
一方で、波乗りの助走はこれとは趣を異にするように感じる。それは、とび箱や砂場とは違って対象そのものがこちらに向ってやってくるからだろう。波にうまく乗るには、パドリングによって瞬間的に自らがその波の速度や斜度に合った状態になる必要がある。その作業が助走にあたるように思う。
前者の助走はこれからの世界、それに対して後者の助走は、これまでの世界が大きな要素を占める。
どちらかと言うと、僕は後者の助走に魅力を感じる性質(タチ)だ。それは、料理でいうところの素材の味を大事にすることや、読書や物事を解釈する上での文脈に気を配ること。地の利を考えること、その土地に重ねられてきた歴史や記憶のようなものの上に未来を作ろうとする姿勢にどこか通じている。
明治時代の児童心理学者・倉橋惣三の「生活を生活で生活へ」という言葉が好きだ。この言葉は、先日0470-の取材で和光保育園に行った際、園長先生が教えてくださった。生活のなかから生まれた問題や出来事を生活の中で解決し、それをまた生活の中に戻し生かして生活そのものをより良くしていくことだと思っている。
それから、武道家の塩田剛三は「歩くこと即武道」と言っていた。
ひょっとしたら、普段の生活そのものが、助走なのではないか。
個人や社会において「これまで」との断絶の無い、より良い未来に向かうにはどうしたらいいのか。
夕方に海岸を歩きながら、ぼんやりそんなことを思った。
2012年12月23日日曜日
沖箱世界
先月、稲毛海岸の SHI TSU RAI で行われた「じんの展」。
会場の隅にこっそり沖箱を展示してみた。
| 四次元ボックス、オキバコ |
| 上段は、ある童謡の歌詞をイメージして。下段は展示につながりのある本をセレクト。 移動ミュージアム&ライブラリーに。 |
かつての生活では当たり前だった自家製の手織り布を、時を越えて人々にその美しさや背景を見てもらおうというじんの展。沖箱もまた、現代の漁ではほとんど使われていないツールボックス。
じんのと沖箱には共通した魅力を感じる。
会場に来ていた中年の女性が、「まるで老人と海のような雰囲気ね」と言ったので、中から文庫本を取りだして渡した。
青い月夜の浜辺には親を探して鳴く鳥が波の国から生まれ出る濡れた翼の銀の色夜鳴く鳥の悲しさは親をたずねて海こえて月夜の国へ消えてゆく銀のつばさの浜千鳥
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