2010年4月25日日曜日

うれしい間違い電話

おとといのラジオのエピソードをひとつ。

あるラジオ番組に寄せられた20代の男性による投稿でした。

休日に部屋でテレビを見ていると、電話がなりました。
受話器からは、幼い男の子の声で「○○君、これからサッカーボールもって遊びに行くので待っててね」という遊びのお誘い、怒る気になれずに丁寧に「僕は○○君じゃないな、多分電話番号を間違えてると思うから、もう一度番号を良く見て電話してあげてね」といってあげたのだそう。

その数分後にまた電話が鳴りました。出てみると、さきほどの少年がモジモジしていました。「さっきの君だね」と声をかけると彼はこう答えたそうです。

「さっきはごめんなさい、○○君の家は最後の番号が12なんですけど、21と押してしまったので間違えてしまいました。」

「丁寧にありがとう、サッカー楽しんでね」と電話を切ったと言う話。

素敵な二人ですねっ!

2010年4月24日土曜日

貝のデザイン


小学生のころ家にあった房州うちわを見て、貝みたいだ!と思いました。
今改めてみてみると、やっぱり二枚貝のよう。

「自然に学べ」という言葉もあるくらい、人間の作り出すデザインにとって自然物の構造ってすごい。
自然物のデザインは何億年もの時間をかけてその形や仕組みを作ってきたんだなと思う。
イームズのシェルチェアも、自然の営みから知恵を学んだんじゃないかなと思います。

貝の筋は放射肋(ほうしゃろく)といって、溝と突部の繰り返しで強度を保っているそう。
房州うちわの筋は、扇ぎ面を貼る骨組みの部分。こちらもやはり竹と紙が凹凸をつくり強度を支えています。
貝は体自体が湾曲しているけど、房州うちわは、柄に差し込まれているスゲという竹が強力に曲げられているためその強度を維持しています。

今から100年以上前房州うちわのかたちをデザインした人は貝から何かを学んだのでしょうか?

2010年4月22日木曜日

ポケットからポエム



古本屋でみつけた小さい詩集。「ポケット詩集」
宮沢賢治や、高村光太郎のほか全部で33の詩が集まっています。

時間と気分に余裕があるときに持って歩くのもいい、余計なものがなくて、開放的な場所で読みたいな。
桟橋や、あんまり高くない山頂なんかどうだろう?

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「この詩集を、本当の子どもたちと、子どもの心を持った大人たちに捧げます」。
編者まえがきより

2010年4月21日水曜日

うちわ日和



よく晴れ、風もなく気温は23度ほど。
今日は、ここ何日か愚図ついた天気から一転、清清しい陽気でした。

夏まではまだちょっとあるけど、うちわを持って出かけました。
暑さの盛りより、今時分の方が仰ぐ風も穏やかで心地が良い気がしました。

このうちわは、今は亡き職人さんが作ったもの。トロピカルな色合いで、骨組みを浮き上がらせる手の込んだ仕上げがされている洒落た一枚です。作り手のことを思います。

編集者のまなざし



ときおり、生まれてから最期までの時間って一冊の本を作るような編集作業なのかもな。と思うことがあります。

今日出会う人・もの・感情・いろいろな出来事。そんなのを整理して、折り合いをつけながら、ページを重ねていくような気がします。最期に見る、よく言う「走馬灯のように」というのはそんな編集したものを見ることが許される時間なのかも。

暮しの手帖を創刊した花森安治さんの著書『一戔五厘の旗』(1971発行)。広く深く時代を見るまなざしにあふれた本。

見返したくなる自分の本を、今日も明日もいいページをつくろう!

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機械は、機械の美しさを、つきつめてほしいし、花は花の美しさを、そっとしておいてもらいたい。
それを見わけられる感覚。 リクツやゼニをぬきにして、素直に美しいものを美しいと見る、その感覚が、ほしい。(「美しいものを」より)

2010年4月19日月曜日

Orquesta De Rana!



早いところでもう田植えが始まっています。

今晩の帰り道は窓が開けられる気温だったので、開放的に車を走らせました。
毎日通る広い田んぼの中を走る農道にさしかかると、蛙たちのオーケストラに包み込まれました。

大きめに流していたベンハーパーの音色と相まって幻想的なサウンドに!

パソコンに向かっている今も、外の田んぼから楽団の音は聞こえています。

down to earth

今日は外苑前で行われた映画・「降りてゆく生き方」の上映とトークイベントへ。

トークをしたのは映画脚本を作るのに参考にされた方々と、主演の武田鉄也さん。
映画では、現代社会においての経済活動優先の競争的な生き方を「登ってゆく生き方」と呼び、それと反対の共生や自分らしい生き方を「降りてゆく生き方」と言っていました。

そんな内容を聞くと、どこかお金や今の経済活動を否定してるように感じがちですが、トークをされた方たちは降りてゆく生き方を通して、自分の商売をしっかりとやっているところが素敵に思えました。
地に足が着いているってこういうことかなって。

会場には20から60代くらいの方が長蛇の列。バブル景気を経験している人は、当時と劇中の価値観にハザマを感じるかもしれないけど、僕たち世代はバブルの感じもわからないし、はじめっから登って行くような感じでもない。なので、うまくバランスとるのが役目かなぁ。なんて思ってみたり。

印象に残ったのは、りんご農家、木村さんの話の中で武田さんが言ったひとコマ。
「たいせつなのは、誠実な生産者と誠実な消費者の一対一の関係、物を買うということは作っている人を応援するということだと思うんです」。

せっかく買うんだもん、応援したい人に気持ちをわたす感じで買いたいなぁって思います。

映画のあとはアースデイ・トーキョーへ。