2013年8月31日土曜日

ツバメ

木綿のハンカチーフは、いい曲だと思う。僕の生まれるまえのヒットソングだろうけれど、近い世代でも好きだという人もいる。あれはきっと、時はすぎても「都会」と「此処」と「はなればれ」みたいなテーマや経験をもつ人が多いからだろう。

僕の中では、離れた場所を思うという意味では山﨑まさよしの「ツバメ」という曲の方が好きだ。学生の一人暮らしをはじめたあたりから、生活のなかや実家に戻った時に前の浜でよく聞いたり口ずさんだり爪弾いたりした。
その後何年かしてスペインを旅行した時、海辺のミハスという町でバスを降りて泊まった。夕方に浜辺で横になって水平線を眺めていたら、自然とツバメを口ずさんでいたことがある。
ツバメの歌詞は「霞のむこうに新宿が見える」からはじまる。

2013年8月11日日曜日

夏の傍観

ここ数年は夏の大型連休は、仕事の最盛期を過ごしている。

花火をする若者が賑わう海岸をひとり歩いてきて、腰をおろしたのは外れの川べり。

川の向こう岸には、合宿にきたと思しき高校生くらいの団体がバットを素振りしたり四股をふんだりしている。リゾートムードの演出をねらう景観整備の思惑がすべっているようで、愉快。



2013年7月22日月曜日

カフェのギター

館山の海岸通り沿いにあるカフェに、僕のギターが置いてある。2年程前にいつものようにお茶を飲みに行った時に、音楽好きな店主との話の中で、お客さんにも楽器を触る人がいるだろうと思って置いてきた。 と言っても理由はそれがすべてじゃなくて、当時新しいギターを買ったので、使わないで部屋に寝かせておくのが可哀想だったというのもあった。
実をいうと、カフェのギターは高校の頃、使われていない部室で発見した。その部屋はかつて存在したギター部の部屋だった。あつい埃を被ったギターケースの中にあって、ボディの内部が一箇所剥がれていた。壊れたギターを部員が置いて卒業したのだろう。家に持って帰って、ペグを付け替え。ボディの内側はボンドで直して使いはじめた。

先週の休みに仕事の待ち合わせで久しぶりにその店に行った。開店すこし前に着いたので店内に入れてもらい、話をしながらギターを触った。たまに使うお客さんもいるようだが、弦はけっこう錆びていた。

チューニングがまばらに低くなっていたので、オープンGにして開店時間までの少しの間弾いた。窓を開けっ放しにしていたので、店内に心地よい風が通った。オープンGの音色がやけに似合っていた。

2013年7月10日水曜日

2013年6月29日土曜日

どこからきてなにをする

仕事帰りに車を走らせている時、洗面所で手を洗っている時、靴のつま先をトンとやりながら玄関をでた時、生活のふとした時に頭によぎるものがある。「僕はこの房総半島に何をしにきたのだろう。」

幼い頃から付き合っているぜんそくは、その発作は僕にとって厄介なものである一方で、連れ合いとしては実は気に入ってもいる。周囲の微かな変化を察知しようとする癖のようなものや、ちょっとした思慮については、ぜんそくがあったことで形成されてきた部分が多いように思う。言葉にするなら「おかげさま」というものに近い。

昨年、同じ町のとある80代の古老の御宅におじゃまして数時間昔話を聞かせていただいたことがあった。地域の古いことを人一倍大切にするお方だった。「むかしはよぉ、肺病の、ひとがよくきてたんだよぉ。環境がいったんだっぺねぇ。」

都会と自然、社会と心身、ここ最近はぜんそくと、あらためて付き合う方向が見えてきた、たまに出る咳もなかなかわるくない。




2013年6月24日月曜日

島の松

昨日東京からの友人と家の近くを歩いていた。亀島の松枯れは数年来気になっていたこと、島の前まで来てそのことを話そうとしたら、橋の向うに真新しい竹の添え木のようなものが等間隔に見えた。柵をこえて近寄ると、松の苗木が植えられていた。先年、気休め程度にこの島に炭を持ってきて、個人的に松のまわりに埋めた事があった。

あの植樹は誰がやったのだろう。区の土地である立ち入り禁止と書かれた島に、どんな経緯で実現したのだろう。膝に満たない程度の低い苗木の前で感謝と同時に成長を願った。

鋸山散策

東京より連休を取って親しい友人がきてくれた。語らいながら鋸山を歩いた。








ひとりで来ていたと思しき男性。僕らがここを去るまでずっと眼下の山脈を眺めていた。





観自在観自在。。


学生時代に上京中に知り合った彼とは、学校が同じ住んでいたアパートも近かった。自転車で行き来してはお互いの家や居酒屋など気楽に「今日、どう?」って具合によく時間を過ごしていた。数年ぶりにあったけれど、変わってないね。自然とお互い語りだす感じが。